こんなタイトルだとブログ閉鎖かと思いますが、そういうことじゃないです。
久方ぶりの更新。
ただ忙しさや、日々の暮らしにまみれて、本当にここ数年はなかなか書くことができない心境です。
あれだけ書き綴った毎日も懐かしく、精神的にも平穏だったのかなと。
そう書くと語弊もありますが、辛くとも書く人は書き、それはそれですばらしいと思います。
ただ、今の自分には余裕がないんですね。
携帯からでも送れるんだから時間の問題でもなく、ココロの奥行きが色んな諸問題で狭まっていて、無理なようです。
奥行きがあることは、モチベーション・行動力・視点・目標、すべてにおいてポジティブさは兼ねており、だからこそシアワセを感じる吸収力も強くなってゆくのでしょうから。

そのひとつ・・
長年、自分の関わっていた重度障害の方が先日、亡くなられた。
長年といっても3年の関わりでしたが、その方から学んだ事は非常に自分の人生に大きな影響を与えてくれたと言っても過言ではないほどでした。
勝手ながら、自分の中では師と仰ぐ次第で、亡くなった知らせを聞いたときは愕然としました。
もともと重い障害もあり、長期の生存率は低いと医師からは宣告されていたのですが、それから30年は経過し、生きてきてきた強い生命力・精神力のある方でしたので尚更で。

ただ、今年に入り体調が優れず、徐々に体力低下は目立ち、最後にあった2011.12/12には反応も弱く、
「年末にまたきます、会いましょう」
普段なら、その方の反応はあり、いわば言葉はなくもノンバーバルな表現(目線・仕草)を見て帰ってゆく自分でしたが、それもなく、ただただ、回復を祈って帰るのみであり、実質、これが最後に送った言葉でした。

それから数日して逝かれました。

本当に悲しいと涙は出ないようです。
ココロに大きな穴が開いちまったみたいで、ただ空しさと悲しさはループしているのが現状。
ブログに書いておきたかった記録的なことじゃなく、今の思いを整理する意味をこめて、そして少なからず逝ってしまった方から受け取った学びを自分なりに糧とし、前に進む為にも文章化したかったのかもしれません。

書けないブログにどうしても書きたい衝動は負のエピソードであり、シアワセととは反比例に聞こえるかもしれないけれど、さよならだけが人生だと誰かが言ったように、人はさよならを辛くも経験して成長してゆく。
そして私にとってその方との3年間はシアワセな時間であり、生涯忘れられない経験をさせていただいた学びの時間だった。

その方のいない毎日が始まる。
冷たい風吹く師走には、一層に寒さが染みます。
ただ、私は今は感謝と師から学んだことを忘れず、歩いてゆく。

お疲れ様でした。
ありがとうございます。